きっとあれは白昼夢。
けれど、僕にとっては・・・


<薬用ライフ・9>


ぽつりと独り言のように吹雪が話し始めた。
「昨日、何故だかわからないけど、酔いつぶれるぐらい飲みたくなったんだ。 もちろんすぐに酔いつぶれて眠ってしまったけどね」
苦笑した吹雪の視線の先には空になって転がる容器。


「・・・そのあと夢を見たんだ。・・・・・・うん、そうだな夢・・・だ」
一瞬辛そうによった眉は、またはなれた。 けれど、口元は少し歪んだまま弧をかたどっている。
「藤原がいつものように僕の部屋でアイスを食べて・・・けれどそのときは僕に夜食を作ってくれたんだ」
味は思い出せないけど・・・美味しかった、そう小さな声で付け加えた。 幸せそうに話していた吹雪はそう言った後、右手を握り締めた。 握る力が強すぎて、拳が震えるほどに強く、強く。 唇を噛み、ぎゅっと目を閉じる。 目をあけたとき、吹雪は搾り出すように言葉をだした。


「そのあと、藤原が『吹雪が辛いのなら、忘れてくれてもかまわない』そういったんだ」
「・・・・藤原が・・・・・・・・」
「兄さんに・・・・・」

「夢だとしても!!それでも!僕は藤原にそう言わせてしまう様なことをしていたんだ!!」
ぼたぼたと床におちる透明なそれは、吹雪の目元を更に赤くさせた。

言葉が途切れる。まるであのときのようだ。
・・・・吹雪に何も言ってやれなかったあのときのような空間が生まれる。 また、俺は何もできないままなのか?
「・・・」
上手い言葉がみつからない、それはただの言い訳だ。
「吹雪」
・・・自己満足程度だろう。けれど・・・・

「どちらも互いが大切だったからじゃないのか?」
「・・・・」
「大切だったからこそ、記憶をしまいこんだ。 大切だったからこそ、そのことを許した。そうじゃないのか?」
「・・・・でも」
「そうよ。藤原さんのことが大切なのは今も、前も同じでしょう?」


それでも僕は藤原を裏切るようなことをしたんだ。 忘れられることを誰よりも恐れていた彼に、ひどいことをした。 「忘れない」と言っていたくせに・・・。 口先だけの人間にはなるまいと思っていたのに・・・。

「兄さん!」
うつむいたまま何も言わなくなってしまった兄さんの肩に手を置いてゆする。 言葉なんて只の気休めにしかならないのはわかってる。 けど、何もいわずに見守っていることは、もう耐えられなかった。
「兄さんだって人間なんだから、思い通りにいかないこともあるわ! たとえ忘れる気なんかなくても、忘れてしまったのは事実よ!! けど、兄さんは藤原さんのことが大切で、失ったことが悲しくてそうしてしまったんでしょう!?」

今まで言いたかったことが洪水のようにでてくる。

とめようとは思わなかった。

「兄さんに悪気は無かった。そして、藤原さんもそんな兄さんのことを責めなかった!むしろ許したのよ!?」

「兄さんは何も悪くないわ!」


これを言いたかった。ずっと、ずっと・・・。
藤原さんが死んだのは兄さんのせいじゃない。 だから、自分を追い込むようなことしないで。 そんな悲しそうな顔しないで。
兄さんは悪くないの・・・・。


「明日香・・・」
普段冷静な妹が必死になって言ったことは、正直誰かに言って欲しかったことだった。 誰かに許して欲しかった。 藤原のあのセリフは許しのものだと言って欲しかった。 そう思うたびに、なんて自分は浅はかな人間なのだろうと絶望する。
けれど、

「確かに、俺達は藤原ではないから藤原の気持ちはわからん。 藤原の気持ちを悟ったとしても、吹雪にはたいした救いにはならないだろう。 不安は残ったままだろうが、いつまでもこうしてはいられないだろう、吹雪」
「亮・・・」
その通りだ。このままずっと藤原のことを考えていてもかえってくるわけではない。 でもそう信じて、そう思い込んで、のうのうと生きていいのだろうか? 藤原の為、藤原のぶんも・・・・そう自分にいいきかせて・・・・・。

逃げていることにかわりない・・・・。




「体に悪いことはしないでほしいな」
ふと頭の中で再生される彼の言葉。





嗚呼、そうか・・・そこまで君は心配してたんだね。 思わず口元にこぼれる微笑。照れ笑い半分と苦笑半分。
「・・・・・あーぁ」
「・・・・兄さん」
「ほんとまいっちゃうね・・・最後の最後まで心配かけてくれるなんて・・・」


藤原、不健康なのはどっちだったけ?
確か君の方が、毎晩夜更かしもして、戸棚にビタミン剤ばっかりの不健康者代表だった気がするけど? そんな君に体のことを心配されるとはね・・・。




ほんとに、世話焼きのお人よしだよ・・・。




(あとがき)
亮視点→吹雪視点→明日香視点→吹雪視点で三回ほどきりかわってます。 めまぐるしかったですよね(汗)