一枚一枚写真を見るたびに思い出される、忘れていたもの。 けれど、肝心な“いつか”と彼の名前だけが思い出せないままだった。



<薬用ライフ・7>



一体どうすれば・・・。 くらくらする頭をなんとか支えて、立ち上がる。 いつからだ?僕はいつから彼のことを忘れていた? いつが境目なんだ?

知恵熱でもでたように体が熱い。 冷たい物が食べたくなって、アイスをひとつ取り出す。 そういえば・・・僕はよく彼と一緒にテレビを見てたんだっけ? 本当はいつもアイスを食べていたのは彼のほうだったけど。

リモコンを手に取り、チャンネルをまわす。 さすがに昼間だし、面白そうなのは特にないけれど・・・・・。 テレビと抹茶アイス、そして欠けている彼が僕の胸を締め付けた。


ふと、あるニュースでチャンネルをまわしていた手が止まる。


ひき逃げの、しかも近所でおきた交通事故のニュース。

その犯人がやっと捕まったようで、画面の中ではマスコミがあわただしく動いていた。 どうやら只のひき逃げではないらしく、ひき逃げの前には別の誰かを殺していたらしい。 何もしていないのに、一体誰が・・・・

機械的なアナウンスが次々と関係者の名前をあげていく。



『ひき逃げの被害者は、藤原 優介(20)・・・』


藤原 優介

その四文字を耳にしたとき、他の音は耳に届かなくなっていた。 頭の中が真っ白になるってこういうことなんだろうな。 パニックになっている自分とは別の自分が脳内で納得していた。 そいつは妙に冷静で、脳内に自分が二人いるような気分だった。

(ああ、写真まででているじゃないか。これで決まりだよ。)

(彼の名前は・・・)


「藤原・・・・・・優、介・・・」

やっと声が出た。
やっと彼の名前を口に出来た。

やっと・・・・


「やっと思い出した」
藤原はひき逃げにあって、病院に運ばれて輸血を受けていた。
けど、


でも、


何もかもが間に合わなかった。

そして、僕は藤原の記憶を“なかったこと”にしようとしたんだ。 辛くて、悲しくて、苦しくて、でも愛おしい気持ちだけは消えない。 その気持ちの代わりに消えたのは藤原だった。
決して届かない。
決して会えない。

「藤原」
「藤原」

「藤原」


「・・・・優介」
ああ、何だろうね。
この生暖かくて、枯れる気がしないものは。