そのあとポツポツと会話を続けた。 日が落ちる頃には「家に帰る」と言って逃げ出した。
帰る家なんかないのにな・・・。


<存在理由・3>


「ヨーハーン、何してるのさ?」
「んー?・・・・・んー・・・」
アララ・・・これまたすごい放心状態だね・・・。
初仕事のときと同じくらい酷いかもしれない。
人間だの動物だの、生き物に対して優しい弟には死神という仕事は向いていない。命を狩るのが仕事。 自らの手でそれを行ってしまった時の、落ち込みようは見ていられないほどだった。 しばらくの間、食事をとる事も、眠ることもせず、ただ何かを考え込んでいた。
何か、なんていってもその内容は手に取るようにわかった。
ただ今回は一緒にいなかったせいか、ヨハンが何に対して落ち込んでいるのかわからない。 何を考え込んでいるのかも。今日、何を見たのか、はたまた、これから何が起こるのか。 後者の場合であれば、力を貸すことが出来るかもしれない。
(あーぁ、僕ってばつくづく弟煩悩だよね。まぁ、正面から優しくすることはしないけど)
ふと、ヨハンが言っていた仕事のことを思い出す。あのターゲットのことだろうか? 確かヨハンは毎回、ターゲットの確認のためにあちらにおりる。 ヨハンは資料を受け取ってからすぐあちらにいった。幸い、明日は仕事がはいっていない。
・・・・・・調べに行ってみるか。



・・・・などと、珍しく善事を働こうとすると必ずと言っていいほど邪魔が入る。 タイミングの神様とやらはよほど僕の優しさを見たくないらしい。失礼な。
僕だって愛しいものの為だったら魂のひとつやふたつ・・・ (念のために言っておくけど、僕の魂のことではない)犠牲にすることもできる。 ああ、それでは逆にあの子が苦しむことになるのかな?それでも・・・
「おい、ハンス」
聞いているのか?そう呆れ顔で書類を突きつけるのは此方の世界の最高責任者。 閻魔様閻魔様と呼ばれているが、どちらかというと覇王。 なんか、こう雰囲気が。
「もちろんだよ。僕が仕事でミスしたことなんてあったかい?」
「・・・ない、な。どうせ私生活でもないのだろう」
「フフ、僕がそんなに完璧に見える?」
閻魔にしては過大評価が過ぎる。今回は何の仕事をよこすのだろう。
「先ほどから質問ばかりだな。今日は何が気になっているんだ」
「・・・・・そうだね、閻魔のことかな」
「冗談は聞かん。茶々を入れるのなら仕事に差支えがないくらいにしろ。いいな」
さすがは閻魔様。なんでもお見通しってわけ。
「はいはい、閻魔様。で、仕事はいつもみたいに?」
「零れ落ちの収集だ」
「ふーん。それはいいけど、反乱者はもう捕まってるの?」
「処分済みだ」
お早いことで、少々の茶化しを交えて口笛を吹く。閻魔はそれに眉一つ動かさず書類を増やした。 え、ちょっと、コレは多すぎじゃない?いくら僕がミスをしないからって言っても・・・。 過労でミスしても知らないよ。原因は僕じゃないからね。 ざっとみても零れ落ちは40人程。どれだけ頑張ったのさ、その反乱者は。
「今回は集団で反抗期迎えたのかい?」
「処分したのは7人、うち実行したのは4人だ」
「・・・・・・バカだね」


通常、担当にあてられる魂は1人につき1人とする。 (たまに7,8人あてられるのも珍しいことではないが) そして担当は予定日にターゲットの魂を体から切り離す。 言葉にしてしまえば簡単だが、この作業が酷く複雑でめんどくさい。 その時に、失敗もしくは切り離されなかった魂が「零れ落ち」とよばれる。 失敗の場合は、担当の死神が風邪引いたか怪我をしたかのよくある話だが、後者の場合は違う。 この零れ落ちは、この世界の原則にそむく反乱者が故意に切り離さなかった場合。 天界に来るべきものが放置されれば、その魂はもちろんのこと周囲にも何かしらの影響が出る。
それだけではない。
一定期間放置された魂は消滅してしまうのだ。 そうなれば、世界に存在する生と死のバランスがかたよってしまう。 それを防ぐ為に零れ落ちの収集も、反乱者にも抜け目ないように気を張っている・・・のに。
「うかつだったな」
「そんなに集団でうごくとは思わないし・・・今回限りにすればいいさ」
「そう・・・だな・・。では、任せた」
「了解」
口元をあげてみせれば、珍しく緩まる真一文字。いつも笑ってればいいのに・・・閻魔もヨハンも。


(魂一つ)
(バランス保つのにだって一苦労)



(あとがき)
閻魔様は覇王様。死神ヨハンの次にやりたかったことなので、今回こうして 書けて満足。